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鬼ごっこ/後半うっすらギャグ。どちらかといえば雑←伊(+留)


▼鬼ごっこ






  夜の山道を息切らせて伊作は逃げている。
そのあとを雑渡が追っている。雑渡が迎えに行くよと言った夜に伊作は学園の裏の森に隠れる。雑渡はそれを探す。雑渡は伊作を捕まえるとそこで伊作を抱く。

 これはそういう逢瀬でふたりの遊びだった。他愛も無い鬼ごっこである。


 さて、この夜毎の遊びの所為で、伊作の実技の面では劣等生すれすれといったところだった成績が近頃めっきり良くなった。普段は百の忍を束ねるという男とこうも頻繁に対峙しその追跡をかわすのだ。それは伊作にとってやり直しのきく実戦経験のようなものだった。 
 雑渡は実際これで伊作を育ててやっているつもりである。ところが伊作には本気で逃げる気が無いらしい。忍が個人を特定できるような匂いを纏うなど愚の骨頂とそれこそ一年生だって知っているのに伊作は薬草の匂いをぷんぷんさせたままでやってくる。隠れる時もどこか鈍臭い。態とで無いなら、なにかと問題だ。

「もっと真面目におやりよ」

雑渡は月の下で伊作の白い身体を抱きながら嗜めた。満月の明かりに裸を照らされても伊作はちっとも臆すること無い様で雑渡の言葉に可愛く首を傾げている。

「だって、僕が見つからなかったら今晩は雑渡さんに会えないでしょう」

 真面目に逃げたってどうせすぐ見つかる伊作ではあったが、それでも万が一などあっては嫌なのである。夜の鍛錬など進んでしたことのない伊作がこうして夜の闇でやたらと神経の張らねばならない鬼ごっこに興じるのも全て雑渡に抱かれるのを楽しみにしているからである。
 手緩く育てすぎたかな、と雑渡は眉を顰めた。雑渡は伊作を気に入ったのだ。出来れば良い忍びに育って欲しい。

「真面目にやらないと次は攫って逃がしてやらないよ」

雑渡は言ったが伊作は却って口説かれた娘の様に頬を染めるばかりである。嗚呼、駄目だこの子は。ちっとも忍びになどなりゃしない。
雑渡の袖を引いて接吻を強請る伊作に、親鳥が雛に餌をやる様に雑渡は口付けをくれてやった。


 それが先の満月の晩のことである。

 そして今日の晩も、伊作は山道をかけている。
揺れる木々の音に、男の気配を察して鼓動を高鳴らせている伊作は、今晩こそ雑渡から逃げる気なんてさらさら無かった。不真面目な自分を雑渡が攫って逃がしてくれなければ良いと思ったのだ。
 それでも諸手を上げて迎えを待つのではちっとも鬼ごっこの意味が無い。伊作は形だけ整えるように雑渡から逃げているのである。さて息も上ってきたところで伊作は手ごろな木陰に身を潜めた。
いつもならそうして呼吸を整えている伊作の頭上あたりからがさりと雑渡が下りてきて鬼ごっこはそこで終わりなのであった。

ところが、いつまでたっても雑渡が現れない。伊作は首を傾げた。浅かった呼吸はとうに収まって正常になっている。いつもはそんな余裕は与えてもらえない。どうも勝手が違うと伊作は思った。


「雑渡さん?」


伊作は木の上を仰いで声をかけた。返事は無い。


「雑渡さん」


伊作は近くの藪に声をかけた。ここからも返事は無い。実技の成績は確かに上がったのだがそれでも伊作が雑渡をまける筈が無く、伊作は不思議そうに首を傾げている。

「雑渡さん雑渡さん、どこですか。」

伊作はそこ彼処の木々に、藪に、闇に語りかけた。雑渡さん何処ですか。鬼が追ってきてくれなければ鬼ごっこは終われない。
雑渡さん雑渡さん雑渡さんざっとさんざっとさん…
伊作は山に森に木の一本一本に岩のひとつひとつにそう呼びかけて夜を歩き回った。

そうして朝が来て雑渡がこの遊びを永久的に放り投げたのだと伊作が悟り始めた頃にはもう伊作も自分が何を呼んでいるのか分からないまま怨念込めた呪文のようにそれを口にし続けていたのである。雑渡さんざっとさんざっとさんざっ・・・。





「というわけだ」


低く恐ろしい声が言った。
留三郎は慄いた様子でその低く恐ろしい声が何処から発せられたのか探ろうと四方を見渡した。
しかし四方を見渡しても辺りに人影はなく、いるのは部屋の真ん中で仁王立ちに腕を組んでいる伊作だけなのである。
留三郎がどんなに他に可能性を探しても、地獄の鬼のような低い声は昨晩完全に喉を痛めたらしい可愛い伊作の唇から紡がれたのである。
部屋の片隅で、伊作の大事な骨格標本が此方を見守っている。標本は何故かいつも着せられている墨色の忍装束を身につけていなかった。留三郎はよもやこの声がこの標本から発せられたのではないかと期待の篭った目で見つめ返した。標本はしかし口を利かない。ただ留三郎を見つめ返す。


「ああ、そうだね。コーちゃんと仲良くね、留三郎」


見詰め合う二人に、墨色一色の忍装束に袖を通しながら伊作は言った。骨格標本の衣装はそこへ行ってしまったのか。留三郎は合点する。網状の長袖を下に着込み覆面で顔を隠して伊作は武器の品定めをしていた。
共有部屋の床一面には物々しい忍具が敷き詰められている。一体何処へ戦に行くんだ。留三郎の言葉に伊作は可笑しそうに笑った。笑っているが伊作は怒り狂って居る。鬼が勝手に帰ってしまった。鬼ごっこがやめられない。


「やっぱり火薬より毒薬の方が余程僕らしいよね」


伊作は言ったが特に返答を求めているわけではないらしく、痺れ薬など仕込ませた扇を着物の襟に仕舞っている。

「其れじゃあさようなら、留三郎」

伊作は唇をつり上げて言った。いつも少女めいて見える伊作の笑みに今日は牙が生えているように留三郎には見えた。
伊作の低く嗄れた声は、それが一晩恋しい男を呼んで探したためと知っていても恐ろしい。



僕は鬼ごっこに行ってきます。
伊作の喉から低い声が鳴った。今度は伊作が鬼の番なのだ。愛しい男を追って取って食ってしまうらしい。



「ああ、さようなら」

さようなら可愛い伊作。いってらっしゃい鬼の伊作。留三郎は伊作の置いてった裸の骨格標本と武器の山に囲まれて手を振った。






雑伊でラブラブを考えたのですが終着地点がここでした。おかしい。
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