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螺旋階段 雑伊

▼螺旋階段






触れたいなと思ったので雑渡は伊作を攫ったのである。
それは何も初めてのことではない。気配を消して近づいて、気を抜いているところを飛び掛って口を塞いで鋭い刃物の先を良く見えるよう伊作の眼球の僅か先、睫が掠るほどの位置でぎらつかせれば、その誘拐は殆どそこで成功だった。
 これといって抵抗する術を見出せないでいる伊作に猿轡を噛ませて両手両足を縛って肩に担いで山へ入って、誰かの打ち捨てたあばら家に辿り着くとその床に伊作をごろんと転がす。むうむうと猿轡の奥で呻いている伊作は縛られた手足でもがいて少しでも雑渡から遠ざかろうとするのだが、どうしたって悪あがきだ。

 伊作は真昼の学園で雑渡を迎える時は微笑んで全身の包帯を替えてくれてその後でお茶を出したりする癖に、こんな風に学園を離してふたりきりにしてしまうと途端に酷く怯えるのだ。それだけ伊作にとって学園は絶対安全の巣であるらしい。

 雑渡は伊作を攫うのが初めてではない。つまりは攫ってくるのと同じ数だけ最終的には伊作を逃がしてやっているのだが、伊作は朝が来れば帰れるという信用は全く持っていないのだった。猿轡を外してやると噛み締めたそれと唇の間に唾液の糸が引いていやらしげだった。

「帰してください」

開口一番伊作がそういうのも、その可愛くない唇を雑渡が口付けで塞ぐのももう何度も繰り返した茶番である。

雑渡は己の枯れかけた性欲なんかを潤すためなんかに伊作を浚うわけでは決してない。伊作の顔立ちは確かに綺麗だったが特別欲情を掻き立てるものではなかった。
けれど結局雑渡は伊作をそこで犯すのである。
雑渡は伊作をどうにかしてしまいたかった。このどうにかしたいという欲求がどのようにして消化されるものか雑渡には知れない。
何度も伊作の元を訪れ、伊作が雑渡の顔を覚えて笑いかけるようになっても、愛してると告げてみても、浚って手元に置いてみても雑渡には伊作をどうこう出来たという満足は得られないのである。
試行錯誤した末に雑渡は伊作の身体を犯すのである。求める満足は、やはり違ったが今のところこれが一番近いように思える。


伊作が疲労してぐったりと動かなくなる頃には雑渡は己の行為の無意味さに嫌気がさしている。
そしてその頃には朝が近い。
雑渡はわざと伊作に背を向けて寝転がっている。すると微かに空気が動いて伊作が目を覚ましたと知れる。伊作は息を殺して雑渡が眠っているかどうか探っているようだが正面に回って顔を覗きこむ勇気は無いらしい。


雑渡はぼりぼりと肌を掻いた。ぴくっと伊作が震えたのがなんとなく気配で分かる。
指先を見ると爪の間に剥がれたカサブタが挟まって血が付着していた。そういえば爪が大分伸びた。ふっと息を吹きかけ爪の間のカスを飛ばして雑渡はそのまま寝入った振りをした。
 その様子を探るように伊作が視線をめぐらせているのが分かる。逃げ出しても平気かどうか考えているのである。

やがて衣擦れの音がして伊作がいよいよ逃げ支度をしているのを雑渡は知った。雑渡は気づかぬ振りで見送るつもりである。
 ところが伊作は散らかった衣服の中から何か探しているようである。そして漸く見つけたらしいそれを手に雑渡へ忍び寄った。寝首をかかれるかな、と雑渡はそれなりに警戒しながらそれでも知らぬふりを貫いていると伊作は雑渡の手を握った。おや、と雑渡が思っていると伊作はその指先に何かを巻きつけていくのである。どう やら包帯を巻いているようである。
指先にはこれといった傷を負っていない。
どうにも気になる。

 雑渡はごろりと半身を返して伊作を見た。雑渡と目が合うや否や伊作はびくりと肩を揺らして包帯を取り落とした。伊作は身支度を殆ど整えておらず上衣が一枚肩にひっかかっているきりだった。丸く見開いた目が怯えている。
ころりと転がった包帯を雑渡が目で追うと視線が外れたその隙に伊作は脱兎の如く逃げ出した。
 
床には伊作の籍を置く学園の制服が上衣以外まるごと残っている。取り残された衣服はなんだか伊作の必死の逃走ぶりを物語って居るようで雑渡は苦笑した。

 朝靄の中に見えなくなった伊作を見送りながら雑渡はまたカサブタの張った皮膚を引っ掻いた。
指先はさっき伊作が半端に巻いていった包帯に覆われていて、先が切られてない残りの包帯の塊がぷらんとなんとも邪魔にぶら下がっている。なんだろうか、これは。雑渡は皮膚を掻き毟ったのちその布に覆われた指先を見て、そういえば血が滲んでいないなァと思った。指先の包帯は爪先が雑渡が治りかけの皮膚を傷つけるのを予 防したものである。

 雑渡は逃げ出す寸前の酷く怯えて震えていた伊作の様子を思い浮かべて、それからしげしげと床に転がった包帯を眺めた。
 
「それ程怖いならさっさと逃げれば良いものを」

込み上げた愛しさをなんと言おうかなんと消化するか。
ああ、夜が来たらまた彼を攫おう。




恋と呼ぶには余りに救われない気がして仕方ないんだ
Imagesong 「螺旋階段」(椿屋四重奏)

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