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▽蝶よ、花よ、愛すべき不運よ
伊作はとても不運なのである。
道を歩けば穴に落ちるし、魚を食べれば喉に骨が刺さるし、恋をすれば相手は敵の城の重鎮で、身を持ち崩すようにのめりこんだりする。誰か目を光らせてやっていなければ伊作は危なっかしい。そこで穴を留三郎がせっせと埋めて、魚の骨を留三郎がせっせと取り除いて、不幸な恋の芽を留三郎がせっせと毟り取って、ようやく伊作は健やかに日々を送ることが出来ているのである。
全く生物というのは良く出来ている。仙蔵は言った。
例えばどんな動物でも生まれたばかりの姿は酷く愛らしく出来ていて、それは生まれたばかりの動物は自分の身を自分で守る力が無いからであり、可愛らしく生まれることで親から仲間から庇護されるように仕組まれているのである。全く無駄のないことだ。
不運という自力で抗えない障害をなんとかする為にお前は可愛らしく生まれたのに違いない。それは本能の働きであり自然の摂理であり、私がお前を甘やかして庇護するのも全く自然の摂理に他ならない。世界というのは良く出来ている。
仙蔵は満足げに言って茶を一口飲んだ。要するに彼は伊作が大層可愛くて仕方がないという話をしているのだが伊作はあまり頭が良くないので、良く分からないながらううんと適当に唸って仙蔵が持ってきた饅頭に手を伸ばす。おまんじゅうおいしいねぇ。伊作が言って仙蔵は今日も世界というものの出来の良さを噛み締めるのである。
留三郎が魚の骨を取ってやるように、仙蔵が菓子を与えるように積極的に伊作を甘やかさなくても、大体誰もが伊作に甘いので伊作は非常に成績が悪いのに忍術を学ぶ学校で最高学年になどなっている。人一倍忍びらしいことに厳しい男だという文次郎も穴に落ちた伊作を拾い上げたことがある。別に不思議なことでもない。
仙蔵のいうとおり伊作は不運というハンディキャップを補うべく庇護されるように本能的に訴えかける様出来ている…かどうかは別として、なんとなく助けてやらねばならないものに誰にも思えるのである。
伊作は取り巻く人々から大層過保護にされている。伊作の籍を置く学園は忍びを学ぶ場所であったからそこに机を並べる友人達も本来誰も情けをもつようなことはあってはならないのだが伊作に限っては不運であるから特別である。伊作が穴に落ちたら誰もが手を伸ばすし、手を伸ばさなくても這い出てくるまで見守るのである。
学園の生徒達は足手纏いを見捨てるように教わっていて、そのように心得ているが伊作だけは仕方がないのである。
不運だから、どうしようもなく不運だから、伊作には優しくしていいのだと言い訳して誰もが伊作を助ける。人を殺したり友を見捨てたりしなければならない子供たちは何かの代わりのようにせっせと伊作に優しくする。不運な伊作を助けてやるのは自分の中の最後の良心を確認することである。
そして生徒達は無意識に天に神に願うのである。これからも伊作が不運でありますように。不運な伊作に優しく出来ますように。
何十人の願いのもと、伊作はとても不運なのである。
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