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暗雲/「不運の暗雲」 雑伊


▼暗雲


 


 十五年来のつきあいですからね、この不運とも。大体分かるんですよ。ああ、今日はいつもより良くないことが起こるな、って。
不運の暗雲、とでも言いましょうか。黒くてとぐろを巻いた空気が僕を狙っているのが見えるんです。そいつが濃いときは一際悪いことが起こるんです。雲自体が濃すぎて前が見えなくて崖から転げたこともありますし。腕の骨を折った日も酷かった。
 でもあの日より暗雲の酷いときはなかった。朝から辺り一面黒い雲に覆われて何にも見えやしなかった。一呼吸ごとに黒い雲が僕の肺に吸い込まれていくのが見て取れるのに、それだというのに僕は朝から一度も転ばなかったし、食事をこぼさなかったし、流れ弾も飛んでこなかったし、お使いも上手くいったし、とても快適に過ごしていたんです。怖いでしょう?

と、伊作は怪談話をするみたいに雑渡に呼びかけた。

「それで、その日は結局何かあったのかい」

雑渡が訊ねると伊作はふふ、と笑みをこぼして頷いた。

「あなたに会いました」
「成る程」


こちらもふふ、と空気を揺らして笑って見せた雑渡の姿は伊作には見えない。
伊作の周りには一寸先も見えない黒い雲がもくもくと立ちこめているからである。薄く開いた伊作の唇からは呼吸にあわせて黒雲が出たり入ったりしている。
実は、と雲の向こうから声が聞こえた。

「今日は君を迎えにきたんだ」
「成る程」

では、手を引いてくださいますか。雲が濃くてあなたの姿が見えませんので。
伊作がそう言うと雑渡は少し意外だと思ったらしかった。


「良くないものだと分かっていて、素直に付いてくるのかい」
「ええ、まあ」


十五年来のつきあいですからね、大体分かるんですよ。

「断ったらこの雲は余所へ行ってしまう。すると可哀想な目に遭う子がかならず出てくる」

だから僕はあなたと行きます。
そう言って伊作は暗雲の中に白い手を差し入れたのだった。
 

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