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おだいじに 雑伊


▽おだいじに



 清潔な布団と包帯が心地良いので雑渡は小さく鼻歌など歌いだした。
傍らで桶に手拭の水を絞っていた伊作の手がぴた、と止まった。水に冷えた細い指が近づいてくるのを雑渡は視界の端に見てとった。綺麗な手だ。白くてまだ子供らしい柔らかさが残った中性的な手だ。
伊作の手は包帯の巻いてない雑渡の首の素肌に触れて、脈を聞いていた。


「僕はあなたが死ぬかと思ったのに、呑気なんですね。」


 鼻歌など歌って。
伊作が呆れた声を出した。どんな顔をしているかは雑渡からはちょっと見えなかったので首を傾けようとして、おや、と声をあげた。


「…不思議だ。身体が動かない」
「動けたらあなたは化け物だ」


 伊作は雑渡の頭の両脇に手のひらを付いて雑渡の顔を覗きこんだので雑渡はぴくりとも動けなくても伊作の顔が良く見えた。伊作は怒っているような顔だったので雑渡はまた、おやと呟いた。
 雑渡は失血と怪我が原因で随分長い間眠っていたのだが、眠りに落ちる前の記憶はちゃんとしているつもりだった。
雑渡は潜伏中のある城で見覚えのある子供が捕虜になっているのを見かけたのである。子供は哀れにも首を刎ねられる寸前だったから助けようと思ったら迷わず敵中真ん中に飛び出していくしかなかった。けれどそういうのは凡そ忍びのすることじゃない。

雑渡は自分でも何年ぶりか分からないくらい酷い怪我を負って、子供をしかるべき元へ送り届けた。


「良いことをしたつもりだったんだけどね。私が助けたのは君のトコの子じゃなかったかい?」
「ええ、うちの三年です。アレには初めての大きな課題で……兎に角あなたのおかげで死なずに帰ってこれた。ありがとうございます。」

伊作はきゅっと眉を寄せて口を開いた。唇も声も震えているから怒っているのではなくて涙を堪えていたらしかった。雑渡は愉快になって笑ってしまう。

 ふふふ。
笑ったら腹の傷が引き攣って痛かった。伊作は雑渡の上に被さった布団をずらして身体の具合を診始める。細い指が包帯の上からさらさらと全身をなぞるので雑渡は尚のこと笑えた。


「どうですか、感触はありますか」
「くすぐったいね」

 くく、と喉を鳴らした雑渡を見て安心したように息を吐いた。


「動けないのは血を流し過ぎただけですよ。大丈夫。手も足もありますし大事な筋も損傷していません。どこの神経も壊れてない。ちゃんと動けるようになりますからね」

 伊作は雑渡の上に布団を丁寧に掛け直し、母親かなんかのように上からぽんぽんと柔らかく雑渡の胸の辺りなど叩いた。
眠ってください。伊作に促されて雑渡は瞼を閉じた。傍らにじっと伊作が控えている。


「ねぇ、雑渡さん。ありがとうございます。」

 伊作は礼を繰り返した。

「あなたは大人だからもっと冷めた人だと思っていました。」

 仕事も台無しにして子供ひとり救ったことを言ってるのだ。雑渡が聞こえぬ振りで鼻歌の続きを歌いだしたら、伊作の手のひらが雑渡の瞼を押さえて、歌声を重ねてきた。綺麗な子守唄だった。





「護るものは守るさ」
Image Song:椎名林檎/『おだいじに』

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