▼Re:Re:
僕は三郎がやってくるのを待っていた。
僕らは今日学園を卒業したけれど、僕らが今後共に居るべきかどうかについてはとうとう明確な結論を出せないで居た。互いの将来のことだ、「一緒に居たい」で即時意見が合わなくたって仕方がない。
結論は出ないまま卒業の瞬間は来てしまって、僕らは町外れを細く流れる橋の下で待ち合わせの約束をした。
一緒に行くなら、この刻限にこの場所で。
互いに離れ難い気持ちは同じな筈で、しかしそれがただ長年親しんだ友との別れが寂しいだけとどう違うのか、僕には分からない。
分からないながらも、決別に堪えられやしないからここに立っているが三郎はどうだろう。
約束の刻限はまだなのか、それともとっくに過ぎているのか僕には分からない。時間を気にしながら待つのが怖いからずうっと早くから来て待っている。
無意識に首の後ろに手を回して辺りの皮膚を掻き毟った。さっきから気持ちが焦る度にそうやっているから細かな蚯蚓腫れがいくつも出来ているのが分かる。爪先を見てみたら薄く血が滲んでいた。
僕には不安が一つあって、それは僕が三郎に気がつかなかったら、という話だった。
三郎が来ないならそれはそれで僕は構わない。
だけどとことんまで迷った三郎はどうするだろう。アレはそういうことが好きだから、何か賭けをするような、例えば全く別人の顔で現れる、あるいは変装を解いて現れるとか、それに僕が気づけたら一緒に、だとか。
そんなことをされてしまったら僕はもうお手上げだ。三郎のことはよく知っているけれど、全部知ってやりたいけど、だって僕は凡人だから天才の変装を見破る自信なんてありゃしない。
三郎ならどんな姿でも分かるよ、なんてそんな夢見がちな話があるものか。けれど三郎は夢見がちな男だ。それでどんなにか過剰に純粋に僕を信じていることか、僕はその信用を失望に変えてやるのが怖かった。
しゃがみ込んで首の後ろをまた掻き毟る。
三郎は情緒が不安定になるとよくこうしていた。しゃがみ込んできつく顔を下に向けて、剥きだしの項に只管爪を立てていた。消えないぐらい日常的に其処についていた三郎の首を覆う爪跡は、まるで見えない誰かが三郎を絞め殺そうとしているみたいだった。
俯いていた顔を上げなければ僕を真似した長い髪に隠れて傷は見えなかったけど、三郎は辛い時は必ず僕のところにきたから、そのときは必ず彼はその顔を一度たりとも上げれはしなかったから、僕にだけはその傷が良く見えていた。
指先が赤い。
もし三郎が、僕の知らない顔で現れたとしたら、僕が三郎をみつける道しるべは情による不思議な力とか奇跡によるものではなくこの傷跡だ。この傷跡の場所だけ、間違えないように、忘れないように、僕は必死に爪を立てている。
約束の刻限はまだだろうか。
僕は三郎を待った。
僕は今日も掻きむしって 忘れない傷をつけてるんだよ
Image Song「Re:Re:」(Asian Kung-fu Generation)
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