▼猿真似
すうすうと三郎は涼しい顔で寝ている。
雷蔵を真似た顔で寝ている。寝ているときも化粧を落さないのだろうか。寝ているときまで油断の無い三郎を見て雷蔵はふと憎たらしく感じた。
三郎の頬をつるりと撫でる。滑らかな表面を探って化粧と素肌の境目を探した。よく出来た偽の皮膚はどこからが地肌であるのか悟らせてくれない。
濡れた布のようなもので表面を拭えば、この自分の顔をした憎い面を取り去ってしまえるだろうか。
濡れ布巾を用意する代わりに雷蔵は三郎の耳の下辺りの皮膚を小さく爪を立てて剥がそうと試みた。
「駄目だよ、雷蔵」
手首をきつく掴まれる。
薄目を開けた三郎が、雷蔵の手を捕らえて咎めた。三郎の声は優しかったがその手を掴む力の強さと無表情な眼差しに雷蔵は怒鳴りつけられたかのように項垂れた。
三郎はいつも甘すぎるほどに雷蔵に甘かったが、今は雷蔵が悲しい顔をしても手を離してくれなかった。
三郎は雷蔵を愛しているという。嘘つきめ。雷蔵は痛む手首を黙って見つめた。雷蔵は三郎の言葉に一度も応えたことは無かった。
「もうしない?」
黙っている雷蔵に三郎は尋ねたが雷蔵はわざと返事をしなかった。
「雷蔵、約束してくれないともう雷蔵の側に居られない」
三郎は悲しそうな声を出した。悲しそうな目をした。雷蔵は、三郎自身が悲しんでいるからそんな顔をしているのではなく、目の前の今の自分を真似ているのだと思った。雷蔵は今、悲しかった。
雷蔵の手首を掴む腕の力は以前容赦なく冷たい。
「もう…しない…。」
雷蔵がそう答えると三郎は雷蔵大好き、愛してる、と嬉しそうに笑って雷蔵を抱きしめる。雷蔵は代わりに少し泣いた。
嘘つきめ。
三郎が自分を愛しているのではなく、自分が三郎を愛しているのだと思った。三郎のは自分の物真似に過ぎない。雷蔵は三郎が憎らしい。
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