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猿の手/後天性シャム双生児のふたり


▼猿の手



 
 ああ、神様私と雷蔵を一つにしてしまってください。
神仏なんて信じたことも無い鉢屋三郎は夢見がちな性質から、軽率にそう願ったのである。
 
 神様などと頭に付けてみたものの、そこは神社の社の前でもなければ霊験あらたかなお守りの前でもなく、共有部屋の布団の中で三郎は今文字通り雷蔵とひとつになっている最中であった。なので結局なにが三郎の内心の願いを叶えたものかさっぱり分からない。しかしとにかく次の朝、三郎と雷蔵はひとつになった。


「困ったね」


雷蔵は左手を高く日に掲げて見上げた。三郎の右手も一緒に同じ高さに上る。三郎の手と雷蔵の手はいまや手のひらを触れ合わせてくっ付いている。手の平の皮と皮が張り付くどころか二人の間にはまるで境界線などというものは無くて、ひとつの肉を覆う一枚の皮で繋がってしまっているのだった。引き離そうとすれば痛みを伴う。

「困ったね」

 雷蔵は呆然と布団の上に座ったまま繰り返したが三郎は大して困ったと思わなかった。素敵なことだと思った。
これでふたりは死ぬまで一緒である。一緒などと、最早ふたりはふたりでない。こういう一つの生き物だ。三郎は上機嫌だった。

「雷蔵、ご飯食べに行こう」

 三郎はこの素敵な事象を誰彼構わず自慢したかった。三郎が言うと雷蔵も結局立ち上がった。

 不便かと覚悟していたが足並みが乱れることなど全く無かった。そのまま一日過ごして授業にも出たが三郎が雷蔵を引っ張ってしまうこともその逆も無かった。向かいたい方向が食い違うこともしたいことが食い違うことも一度も無かった。
 仲の良い友人はそんなことになってしまった三郎と雷蔵に取り合えずなんの違和感も感じないようであったし、そうでない奴らは、飽和して張り付いているふたりの手を見てぞっとした顔をしていたが三郎は気にしなかった。上機嫌だった。

 雷蔵はといえば、最初こそまるで一つに溶けあってくっついてしまった互いの右手であり左手であった場所を、仇かなにかを見るような目で見ていた。いつか困ってしまうだろうと雷蔵は言っていたのだがしかし時を過ごすうちにそれを言わなくなった。三郎は上機嫌だった。

全く素晴らしい。この上なく幸福である。非常に愉快である。楽しい。ああ困った。悲しい。


「悲しい?」


三郎はそう感じた自分に気がついて口に出して確認した。
雷蔵とひとつになって嬉しい。幸福だ。満足だ。ああ、困った。悲しい。何故だ。確かに自分は今悲しんでいるのだ。三郎は雷蔵を振り向いた。
 雷蔵も自分と全く同じ不可解だという表情を浮かべている。尋ねてみなくても、雷蔵が三郎と同じ疑問を浮かべ同じように戸惑っていることが三郎には分かった。何故ならふたりは同じ生き物だからだ。だから三郎は何も言わなかった。

 そういえば雷蔵と最後に口を利いたのはいつだろう。

口をきくだって。馬鹿馬鹿しい。僕らは既に同じ生き物じゃないか。

ああそうだった。なんと幸せなことだろうか。困った。悲しい。満足なことだ。それはどちらの感情だろうか。雷蔵の、それとも私、そもそも私はどちらだろうか。

どちらだって。馬鹿馬鹿しい。私たちは既に同じ生き物じゃないか。

では雷蔵は何処に行ってしまったんだ。私の大好きな雷蔵…。
 



 黙りこくってひとりで考え込んでいる雷蔵でも三郎でもないひとつの生き物の中で、辛うじてまだ三郎であった部分が途端に悲鳴をあげた。


「ああ、神様今すぐ私と雷蔵を別な二つの生き物にしてください!!」



ぱちん、とふたりはふたつに裂けた。
なんの痛みも無かった。それが当然みたいにふたりは鉢屋三郎と不破雷蔵になった。三郎は安堵と恐怖で顔を覆っておいおいと泣いた。声を出して泣いた。良かった怖かった。雷蔵が居なくならなくって良かった。

 雷蔵は三郎と一緒になってしまったときと同じようにきょとんと自分の左手を日に掲げて見つめている。それから少し微笑んで三郎、と呼んだ。
ずっ、と鼻を啜り上げて三郎は顔を上げた。雷蔵は晴れやかな笑顔であるけれど自分をどう思っているだろうか。きっとどうしようもなく愚かでみっともないと思っている筈だ。ほらみろ、困ったことになったじゃないか。そう思っているかもしれない。しかし三郎に雷蔵の考えていることなど欠片も分かりはしないのだった。三郎は安堵した。



 ああ、神様私と雷蔵がもう一生ひとつになんてなりませんように!

境界線なんて分からないほど身体をぴったりと雷蔵に重ねて抱き合わせて三郎は神様にお祈りした。






題は人の願いを3つまで叶えるがその願い事は必ず不幸な形で叶えられる呪いのアイテム「猿の手」より。
出典『w.w.ジェイコブズ「猿の手」』


グロ系バッドエンドしか思いつかなくて難産しましたが平和に終りました。良かった怖かった。涙
双忍には幸せで居て欲しいです。

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