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のっぺら坊/一年は組と鉢雷。ほのぼの


▽のっぺら坊



 
  日差しの強い夏の午後のことである。
学園の中庭にある池の側を通りかかった雷蔵は、池の中で数人の一年生が遊んでいるのを見かけたのである。袴の裾を巻き上げてばしゃばしゃ池の水を跳ねさせている一年生たちの中には、雷蔵の所属する図書委員会の後輩も居たから雷蔵はそちらに手を振った。
すると、それに気がついた後輩は両手を大きく頭の上で振り回しながら叫んだのである。


「大変なんです、雷蔵先輩!鉢屋先輩が顔を池の中に落っことしちゃったんです!」
「え?」

真ん丸い目をきょとんと見開いた雷蔵は、池に潜っている一年生達が一斉に指差す方を見てさらに二、三度目を瞬いた。
池の側の木陰にはおそらく鉢屋三郎と思しき人物が雷蔵の顔の輪郭を真似て、髪形を真似て佇んでいるのだが、片手を上げて此方に挨拶したその男は目と口と鼻の無いのっぺら坊だったのである。




 ぱしゃりと跳ねた水が日の光を反射して光った。
子供たちは鉢屋先輩が顔を落っことしちゃったんです、の報告の後また熱心に水を跳ね返し潜ったりしている。

「いや、夏だから涼しくなることをしようと思って」

くつくつと肩を揺らして三郎は笑っているのだがその顔には唇というものがないので、どこから漏れているかしれない笑い声は大層不気味である。三郎は子供たちを眺めて、のっぺら坊のメイクの下で話し続ける。

「池の淵にしゃがみ込んでいるとあの子達が話しかけてきた。何をしているんですか、と。落し物を探していると言うと何を探しているか聞かれるからそこでのっぺら坊の顔を作って振り向いて、私の本当の顔を落としてしまったんだー、って脅かしたら…」

 そこで三郎はぷっと吹き出して首で池の方向を示した。
初め雷蔵が池で涼んでいると思っていた一年生達は皆、鉢屋三郎が落としてしまったという顔を池から探し出そうとしているのだ。
可愛いんだ、あいつら。そう言って笑う三郎には目がついて無いのでどこから物を見ているものかしれないのだが。


「全く仕様も無いことばかりするね、お前は」


 雷蔵は目の前の男の他愛無い悪戯を咎めるべきか微笑ましいと思うべきか迷ってしまう。


「不破雷蔵先輩ー」


池の中から困った子供たちの声が呼ぶので雷蔵は池の淵まで行って膝を曲げて子供たちの元へ目線を近づけた。

「どうしたの?」

雷蔵が促すと子供たちの中で特に利発そうな顔つきの子が代表で口を開いた。


「僕たち鉢屋先輩の本当の顔を知らないので、先輩の顔を見つけられないんです。不破先輩は鉢屋先輩の顔をご存知ないですか。」

雷蔵が見渡すと一年生達は手助けを求めて一様にきらきらした顔で雷蔵を見返している。
鉢屋先輩の顔ってどんななんだろうね、と期待を込めた声が囁きあうのも聞こえてきて雷蔵はにっこりと微笑んだ。

「うん、手伝ってあげられると思う。…三郎、ちょっと」

雷蔵は振り向いて木陰から三郎を呼び寄せた。
のっぺらのまますたすたと歩いてきた三郎は、なんだい、と呑気に聞き返して雷蔵と同じように膝を曲げて屈んだところで雷蔵にその後頭部を掴まれた。

「わっ、」


雷蔵はそのまま三郎の頭を池に突っ込んだのである。ばしゃん、と大きく水が跳ねて池の水に顔料が流れた。手指の長い三郎は両手でしっかりと顔を隠したまま慌てて水から顔を引き上げた。

「顔、見つかったみたいだよ」

雷蔵が水面に向けて言うとわっと子供たちが歓声を上げて視線を三郎に向けた。ぎゃあっと三郎は悲鳴を上げた。


「なんてことするんだ、雷蔵。やっていいことと悪いことがあるぞ!」


私が変装の天才じゃなかったら一大事だ。
そう言って顔から手を離した三郎の顔はもう雷蔵の顔を模したものになっている。呆気に取られている一年生たちを眺めて三郎は上機嫌である。

「さて、私の顔を取り戻してくれてありがとう」


三郎は雷蔵の顔で得意気に微笑んだ。


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