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なんだって未知のものはこう恐ろしい。
「そんな殺されそうな顔しないで下さいよ」
と、目の前の子供が言う。子供子供と思っていたらこんな風に乗っかって秋波を送るから最早子供と呼ぶのもおかしいのかも知れない。縁日で買ったひよこが一晩で可愛くも無い鶏になってしまった。
尚且つ餌をやろうと思ったら椀ごと引っ手繰られた様なもので、よく尽してくれる褒美をやろうと言ったら子供は、酔狂に、まぐわいを求めてきた。私は意味が分からなくていけしゃあしゃあと私の身体に乗っているひよこだった筈の部下をまじまじと眺めてしまった。
「顔なんて見えない癖に」
呆然としている私の顔がどんなものだって私の顔は焼けて包帯でぐるぐる巻きだから外に覗いている肌は右目の周辺僅かばかりだ。凡そ表情なんてものは隠さなくたって誰にも見えやしない筈だった。
「そういう目をしているんですよ。ほら、そんなに瞬きもしないで見つめないで下さい。悪さなんてしませんよ。」
親が子供を諭すような口ぶりで子供は私に顔を寄せる。なんだか知れないから目を開いて用心深く様子を見ていたら唇が触れてしまって驚いた。抱く、と宣言されていたにも関わらずまさかこの身にそういうことをする気が起きると思っていなかったから虚をつかれた。悪さはしないとお前言ったじゃないか。
「接吻が恐ろしいですか」
「そんな目をしたかい?」
嫌味のつもりで問い詰めれば、いえ、と言葉が返る。言葉の語尾に笑いが掠めるのが憎たらしい。
何、不機嫌に聞いたら笑い声はますます大きくなった。
「目を、あんまり固く瞑って開かないものですから」
「……。」
いつの間に私はこの目を瞑っただろうか。言われて初めて瞼を開くと子供が無邪気に肩を揺らして笑っていた。可愛い可愛い、と繰り返すので背筋が寒い。聞き慣れない言葉は耳障りが悪くて酔った様な気分になる。
「得体の知れないものはいくつになっても恐ろしいものだよ」
「接吻をされたことがないと?」
子供は口元を気持ち悪くにやにやと歪ませて、ぐっと拳を握って嬉しそうにした。そんな風にされると悔しいじゃないか。私の風貌はこの通り醜いものだから、目を合わせたがる人間も居ないというのに。それを抱きたがるお前の方がおかしいのだ。
着物を剥がれて肌を撫でられて視界が黒くなった。無意識に瞼を閉じてしまう。
慣れた事象なら私は眼球の僅か数ミリ先に突きつけられた苦無にだって目を反らしたりはしないのに、どうにも駄目だ。たかだか唇の降るのが耐えられない。こんな継ぎ接ぎの身体に何をどうするというのか。
「怖いですか?」
「…煮えた油を頭から被る方がまだ経験があるだけ恐ろしくないと言えるね。」
未知のものとはそれがどんなものか知らぬから恐ろしい。
だというのに子供は私の聞いたことの無い言葉を繰り返し囁くから私は妙に不安なのだ。耳馴染みの悪い台詞はこんな風に響く。
「なんて可愛らしいことを。好きです、好きです、愛してます。嗚呼、なんて愛おしい!」
なんだって未知のものはこう恐ろしい。聞き覚えの無い言葉に私の背筋は凍ってしまった。
こんな子供の言葉一つで怖くて身動きも取れなくなってしまうものか。固く固く眼を瞑ってしまう。苦い薬を飲まされる心地だ。
「嗚呼、情けない…!」
首に吐息のかかる感触が気持ち悪かったのにとうとう最後まで瞼を開けることが出来なかった。
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