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気がつくと居るんだよ、部屋の隅に。
髪が長くて色が白い着物の女が。一人暮らしの6畳のアパートにあるときからそれは現れ始めた。冗談じゃねェ。幽霊が出るならお約束で家賃が妙に安いとかそういうサービスがあっても良いんじゃねェのか。全くそんな割引なかったぞ。
で、部屋に現れるそいつを俺は眺めていた。幽霊ってのは見るも恐ろしい顔をして、というのが決まりだと思っていたが部屋に居るそれはえらい別嬪だった。別嬪は恨みがましい顔をするでもなく俺を見ていたので、俺は煙草の灰を落としながらそれに話しかけた。
「おい」
すると別嬪は、生きてればそれこそ世界中の男がいっせいにころりと落ちただろう、華やいだ笑顔を見せた。
「文次郎!」
と、幽霊は俺を呼んですっ飛んできた。今まで部屋の隅に遠慮がちに佇んでたのが嘘のようだ。幽霊ってこんな生き生きしてるもんなのか。まず、生き生きという表現は幽霊に使っていいのか。死に死にとしていないことは確かだが。
ところで、別嬪は惜しいことに声がとても男らしかった。つか男だった。白い着物一枚の姿で見た目も華奢だったから遠目では勘違いしていたのだが、流石に膝に乗られて真向かいで顔を見合わせてりゃ分かる。こりゃ男だ。
「って、近い近い!!」
なんで膝に乗ってんだ。おい、と呼ばれて当然の如く膝に乗って新婚の嫁さんかお前は!
俺は煙草を持っていないほうの手で幽霊を押しのけようとしたのだがその手はするりと目の前の幽霊の身体をすり抜けてしまう。するとそいつは途端に悲しい顔をした。またそれが、生きてりゃ世界中の男が手を差し伸べたくなるだろう儚げな顔をするわけだ。
「ふ、そうか姿は見えてももう文次郎にどついて貰えん訳だな…嗚呼、せつない」
とそいつは顔を覆って嘆くので俺は頭を抱えた。
全くもって意味不明だ。
そもそも悲嘆に暮れるわりに幽霊は俺の膝から降りる気は更々ないらしい。
「生前伝えきれない思いを果たすべく、死んだ以上失うものは何もないと、こうして化けて出たと言うのに触れもしないとは・・・嗚呼、文次郎相変わらずなんて気が利かない男だ!」
お前がこの世に生まれ変わるまで私が何世紀待ったことか!
と、言われてもそれは俺のせいだろうか。否、断じて俺は悪くない。しかし目の前の幽霊は先に言ったとおり世界中の男が手を差し伸べたくなる、そんな顔で泣くのである。世界中の男と言ったらそれはもちろん俺だって例外ではない。
俺は手を伸ばしてよしよしとそいつの髪を撫でた。正確には触れないから撫でる真似をした。すると触れていないのにさらり、と艶やかな髪が指の隙間をすり抜けるリアルな感覚があった。
「悪かったなァ」
俺は口から出任せに謝罪の言葉を口にした。美人が何か詰って泣いてたら取り合えず謝っておけと俺は常々思っている。残念ながら美人に泣きつかれたことはこれまでそうあったわけではない。
「悪かった、悪かった。俺が全部悪かった、許してくれ」
俺は平謝りに謝った。幽霊は答えないが幽霊の髪を梳く俺の手のひらの感触はどんどんリアルになっていった。
そのうち俺は本当に目の前の幽霊に悪いことをした心持になってきた。悲しい顔をさせた、泣かせてしまった、ああなんて情けない、俺の謝罪は次第に心からのものへと変わった。悪かった、悪かった、本当に何故おれは
「先に死んだりして悪かった、仙蔵。」
ぽつりと口から出た知らぬ名前に俺ははっとしたが口は勝手に動いている。
そしてあろうことかこの勝手に動く口は、俺が正気ならこの先一生真面目には言わないだろう酷いいっそ自殺もののレベルの頭の悪い台詞を吐き出した。
「愛してた」
その後のことは暫く記憶がなく、気がついたときには俺は呆けた気分で大分短くなった煙草を指に挟んでいた。
ただ腹のあたりがすかすかとして変な喪失感がある。幽霊、仙蔵は俺の中から自分の愛した男の部分だけ連れて行ったようだった。
この日を境に俺は夜更かしが得意でなくなる。
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