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11、意識不明 食満伊


 その日、伊作がぴくりとも動かなくなった。
死んでは居ない。呼吸はある。外傷は無い。機械が壊れるように火が吹き消えるように伊作はぱたりと動かなくなった。
 伊作は大変同級の仲間に愛されていたので、仲間たちは大層心配して心を痛めて伊作をなんとかしてみようとしたのだが伊作は少しきつい形の大きな目を見開いたまま睫の一本だって揺らしはしなかった。


 伊作を愛していたのは同級生だけではなく、可愛い保健委員会の後輩達も伊作を揺り動かして起こそうとしたり伊作から教わったありとあらゆる蘇生法でもって伊作を動かそうとしたのだが伊作は口と鼻から薄く呼吸を通すだけであった。呼吸するだけでは人は死んでしまう。伊作はぴくりとも動かない。

伊作はもう元に戻らない。みんなそうと知ると悲しげに項垂れながら去っていった。伊作の為に花でも摘むのだろう。



 同室の留三郎だけがちっとも常と変わることなく伊作に微笑むと医務室の布団においていかれた伊作の身体を担いで部屋に連れて帰った。
部屋に連れて帰って伊作の分の布団を敷いた。伊作はこれから朝飯を食い午前の授業へ向かうところであったため、きっちりと制服を着込んでいた。それを脱がせて髪を解いて白い襦袢を着せてやって布団の中に寝かせた。
 ぱちりと見開いている伊作の目は空気に触れすぎて乾いて赤くなっている。留三郎はその眼球の表面を両方とも舌でべろりと舐めて湿してやって、その後で伊作の瞼を指で閉じた。

 留三郎は伊作の側を動かなかった。今日の授業にも出ないつもりである。
伊作が目を覚まさないならその先の授業にも出ないつもりである。この先ずっと動かないなら伊作を担いででも暮らすつもりである。
 
 同級生達は留三郎が悲しくて伊作の側を動かないのだと思った。けれど留三郎にしてみれば伊作が自分で賄えない範囲の世話をするのは当然のように自分の仕事なのである。伊作がぱたりと動かなくなって一切合財自分で出来ることがなくなってしまったなら伊作の一切合財を面倒見てやるのが留三郎の当然の仕事である。

 留三郎は伊作の為に飯を食わせた。水を多めに粥を煮て十分に吹き冷ました。伊作の閉じた歯の間に指を突っ込んで少し開かせて匙で少しずつ粥を流し込んだ。皿が空になると水を与えて口の中を綺麗に流してやった。水は一気に喉に入って苦しんだりしないよう留三郎が口移しで少しずつ加減しながら注ぎ込んだ。
 それから伊作の口を手ぬぐいで拭ってやってそのあとで伊作の唾液と粥に塗れてべとべとの自分の指を拭った。

飯を食わせれば厠の用も必要になるので留三郎は伊作の腰と布団の間に幾枚か木綿を敷いた。布団の代わりは余り無いので汚して伊作が居心地悪くならないためのものである。伊作が其処に用を足したら桶に放り込んで洗いにいくのである。

 伊作が汚したものを掃除してやったり伊作自身を綺麗にしてやったりして、その後で手持ち無沙汰な時間も出来たりした。
 留三郎は伊作の柔らかい癖のある髪を櫛で梳かしてやった。伊作は自分からはあまり髪の手入れをしないので、柔らかな髪はところどころ先端で絡んでいた。留三郎はそれを櫛に引っ掛けて痛めたりしないようにとひとつずつ解いていった。留三郎は器用な男であるので伊作の髪は見違えるほど指通りの良い綺麗な髪になった。留三郎は自分できれいにしたその髪を飽きることなく指で梳き続けている。

 夕方が来たのでまた粥を運んできた。朝と同じように食わせてやって、それから風呂の仕度をした。
学園の生徒がみんな風呂を使い終わる時分に留三郎は伊作を風呂場へ連れて行った。就寝時間は近かったが誰も咎めなかった。伊作の身体を丁寧に隅々まで洗ってやって裸の伊作の身体を抱いて湯船へ浸かった。温まった伊作の頬はほんのりと桃色に赤い。



「つくづく世話好きの気味の悪い男だね」


伊作は留三郎と唇を合わせながら言った。
湯浴みを終えて伊作を再び布団に寝かせた留三郎は伊作に祈る様に頼む様に囁いて口付けたのである。伊作はその囁きを聞いて悪趣味な仮死ごっこをやめて目を開いたのだった。
 


「もう目を覚ましませんように、だって。御免さ!」
 



分かってて試した癖に唾を吐き捨てた伊作を留三郎は大事そうに抱き寄せた。子をあやすような仕草で留三郎は先程自分が綺麗に洗ってやった伊作の髪を満足げに指に絡める。
 
 
「しょうがないだろ。生き甲斐なんだよ」
 
つくづくと世話好きな男である。伊作は憮然とした顔で、それでも飯をくれた男の口内をどこか物惜しげに舌で弄るのであった。




王道お題11「意識不明」

私の書く食満は大抵最低ですがそれというのも食満がイケメンでくの一にもモテて予告で「プリンス」とか呼ばれてたりするのが原因です。く、くやしい。
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