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一目で雷蔵はそれが人ではないな、と思った。
山の深い森の中にぼろ布を纏ったような、小さな子供が蹲っていた。しかし、それを人では無いと思ったのはその子供の目は底の見えない黒い穴が空いているばかりで、口には唇が無く切れ込みのような横線が一本開いているという風体だったからである。
ああ、化け物だ。と雷蔵は思った。
山道を抜ける時は、そういうのが良く出るのだ。
化け物はくん、と鼻を鳴らして心ともなげな顔をした。丸と線で出来た落書きのような顔では表情など分かるわけないのだが、何故か雷蔵はそれを感じたのである。
化け物は酷く腹をすかせていて、飢えて死ぬ寸前に弱っているようだった。
「よしよし、可哀想に。お食べ。」
雷蔵はそう言って手荷物の中から握り飯と竹筒に入った水を取り出した。これは村のお守りに建てられた山の祠に備えるための食料で、雷蔵の住む迷信深い村では山を抜ける人間は必ず山の神に備える食料を持って山に入るものなのであった。
しかし物の怪は飯を手に取る様子はないようである。ぐう、と腹を鳴らして雷蔵を見上げている。
雷蔵はこの化け物が酷く哀れになってきた。なにしろ形は人の子とさして変わらないのである。それが飢えて死に掛けている。途方に暮れて雷蔵はそれを拾い上げ自分の腕に抱きかかえた。
どうしようという算段も無い。ただ哀れでそうしたのである。
雷蔵の腕に抱えられた化け物は途端くんくんと鼻をならして切れ込みのような口をぱくぱくと開閉させた。その口元に雷蔵が何気なく指を触れるとその指先をぱくん、と化け物が咥えた。
化け物の口のなかには小さな歯と舌の感触がしっかりとあった。この子は人を食うのだろうかと雷蔵は思ったのだが、化け物はちゅうちゅうと音を立てて雷蔵の指をしゃぶっているだけである。
おや、可愛い。と雷蔵はそんなことを思って呑気にその姿を眺めていたのだが、次第にその不思議に気がついてきた。
化け物がすくすくと育っていくのである。腕に抱きかかえたときは確かに3つか4つの子供であったのにいまや雷蔵とさほど変わらぬ背丈になっている。抱き上げているつもりの腕はいつのまにか化け物の腰に抱きつくようになっていた。
それからいつのまにか唇も出来ているようである。
いまだ指先を咥えている口は何処から生えてきたか知らない真新しい唇で、雷蔵の指の付け根を柔らかく食んでいる。
雷蔵は短く息を吐き出した。
先程から頬が火照って、力が抜けていく様である。赤子のように無心に吸い付くだけだった化け物は、いまはすっかり成長した成りで雷蔵の手を取り指の一本一本を爪先からしゃぶり、指と指の間を下で擽って、時折柔らかく歯を立てたりしている。
「あ、あ…」
震える吐息に乗せて雷蔵は喘いだ。どういうわけかぞくぞくと肌が粟立つ。足が震えてもう立っていられなさそうだ、と思ったところでようやく口を離した化け物が、崩れ落ちた雷蔵の身体を抱きとめた。
ぼんやりとした頭で雷蔵が見上げると化け物はもうすっかり人と見分けの付かない姿をしていた。
そしてあろうことかその姿は雷蔵と寸分変わらないのである。
「ご馳走様。美味しかった!」
呆気に取られる雷蔵の前で化け物はそう微笑んで雷蔵の唇に口付けた。
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