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牢屋敷の奥の奥の一番深いところに、伊作という男が居た。
そこは他のどの部屋とも切り離された場所に在って、酷く恐ろしい罪を犯したものだけがいずれ死刑を受けるまでそこへ閉じ込められるのである。
3日ばかり前に牢へと連れてこられた伊作を見て、留三郎という未だ若い牢役人は甚く伊作が気になっていた。
それは伊作が少女のように優しげな風貌をしていた所為もあるが、寂しげに睫を伏せて牢へと大人しく連れて行かれる姿がとても大それた罪を犯す人間には見えさせなかったからである。
さて罪人と言えどお役所の下に入れば死刑のその日までは僅かの水と食事が与えられる。留三郎に理由は分からなかったが伊作の居る最奥の牢へ近づきたがるものが誰一人として居なかったため、留三郎は伊作の元に日に一度の食事を届ける役を自ら買って出たのである。
「わぁ、ありがとう」
食事を盆に乗せて現れた留三郎を見て罪人は花の様に微笑んで礼を言った。
留三郎はどぎまぎして盆を雑に格子に付いた小窓から突っ込んだ。盆を受け取った伊作の指は白く華奢で細かった。
出自は良い家系だったのだろうか。伊作の罪科を記した書類には「多く人を殺す」としか書かれていなかった。
けれどこうして伊作を前にしてみるととてもこの男が人を殺せるようには見えないのだった。
「…あんまり見られてると食べにくいなァ」
ふふっと空気を揺らして伊作が笑ったので留三郎は自分が食い入るように伊作に視線を注いでいたことに気がついて慌てた。伊作は食事には目もくれないで格子へ寄ると留三郎を見据えた。ふっくらと柔らかな唇は微笑を湛えながら懐っこそうな声を出した。
僕がどうしてここに居るのか知らないでしょう?知りたいでしょう?
伊作は格子に白い指を絡ませて留三郎に囁いた。
「ああ、」
牢の薄闇でも分かる指の白さに、留三郎はからりと喉が渇く心持がした。
留三郎が頷くと伊作は、嬉しそうに華やいだ笑顔を見せる。話し相手が出来て嬉しそうだった。
「あのね、不運だから」
伊作は言った。
不運、と留三郎は口の中で転がして、それからそれでは伊作は運悪く誤解されて死刑囚となったのだと解釈した。
けれど伊作の言い分はまた少し違ったようである。
「僕はあまりにも不運で、僕の側に長く居ると不運が感染ってみんな死んでしまうから。僕は不運で多くの人を殺した罪で死刑になるんだよ」
そんな馬鹿な罪があるものか、と留三郎は思った。不幸なことに身の回りの人間が尽く死んだからと言ってそれは伊作の罪ではない。
「じゃあ、お前は誰も殺してないんじゃないか」
馬鹿げている。留三郎は伊作を牢から出してやろうと申し出た。伊作は困ったように微笑むばかりである。
「だけど確かに、僕が、僕の不運が殺しているんだよ。僕の母親も父親も奉公先の主人も。
この前まで僕が愛していた人は、それでも僕をずっと側に置いてくれてたけど代わりに左目を失い、顔を焼き、身体を腐らせ、先月死んでしまったよ。僕はその人の家族の訴えでここに捕まってきたんだ。」
そんなものは偶然である。そんな理由で甘んじて死刑を受けさせてなるものかと留三郎はなおも主張した。
妙にムキになるのは、留三郎はもう伊作に魅入られていてなんとしてもこの男を死なせたくないのであった。既に不運の死神に取り憑かれていたのかもしれない。
それじゃあ、
と伊作はある提案を口にした。
「僕の不運が一発で感染る方法があるんだ。僕が不運を使った人殺しでないと思うなら、それを試して、今晩にでも僕を助けにくればいい。だけれど、僕が人殺しなら、」
きっと君は僕の不運で死ぬんだよ。
伊作の言葉に食満は躊躇無く頷いた。伊作は食満がそれで引き下がると思っていたのか却って困った顔をした。
「ほら、その不運とやらを感染すんだろ」
留三郎はなにがなんでも伊作を牢から連れ出す気である。伊作はゆっくり瞼を閉じ、開いて、牢の鍵を指差して「入ってきて」と言った。留三郎が鍵を回す間に、伊作は高く結い上げた髪をばらりと解いて、続けて身につけていた白い着物を脱いで床に落とした。
「おい…」
留三郎は戸惑いの顔で伊作に近づいたが、伊作はなんとも思わぬようで裸の身体を留三郎に寄せた。
「僕の愛した人が、どうして一番酷い不運にあったのか、分かるでしょう」
伊作の不運は性交を通してより濃密に感染するのである。寂しげに笑う伊作の唇を吸う瞬間、何か黒い雲が自分を包むのを留三郎は感じた。
王道お題15「死刑囚と看守」
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