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「ありがとう。ごめんね」
伊作は最早定型文でしかない台詞を口にして首を傾げて笑った。伊作の前に居る男は項垂れてしまっているのだが、伊作は特に気にも留めないようでなにやら貰ったらしい購買の紙袋を引っさげてその場を去る。
くるり、と振り向いた先に俺を見つけた伊作は朗らかに微笑みながら手を振った。
「丁度良かった、留三郎。ご飯買ってきたから屋上で食べよう」
伊作の手には今日の昼飯。先程「ごめんね」で振られた男が買ってきただろう昼飯だ。春らしくやたらときらきらしてる気がする日光に負けじと伊作の笑顔も一点の曇りもない。嗚呼、今日もつつがなくて結構だ。
というわけで俺と伊作は屋上へ上る。
「うわ、甘いものに甘いもの…」
紙袋をかさかさと開けて伊作は眉を寄せた。紙袋の中には紙パックのいちごミルクとチョコチップメロンパンが入っている。チョコチップメロンパンに至っては横に入った切れ込みの間にカスタードクリームが挟まっている。これを頬張る伊作の隣で男は弁当が食いたかったのに違いない。現実ではいちごミルクにストローを刺しながら顔を顰めている伊作の隣で、俺は煙草を咥えた。
「一般的、お前のイメージ」
俺が甘いものと甘いもののセットを指差して言ってやると伊作は馬鹿め、という様な目つきでメロンパンに齧りついた。
頗る感じが悪い。この頗る感じが悪い男は女にも男にもよくモテるのだった。
現在も屋上の隅で女子の塊が「可愛い」などと言ってメロンパンの砂糖を頬につけている伊作を指差して盛り上がっている。ふわふわと柔らかい飴色の髪の毛を日に透かして、砂糖の塊みたいなパンに齧りつくのが文句なしに可愛く見える伊作は存在が詐欺師だ。俺はつくづくそう思う。
さて、ところで伊作は特にこれと言って恋人のようなものを作ったことが無い。
何を基準にしてるのか知らないが学校で一番可愛い、ということになってる女の告白を伊作は断り、学校で一番美人だということになっている女の告白を伊作は断り、近所のお嬢様学校の女の告白を断り、その他色々断り、その身持ちの固さ故か最近では伊作は男が好きなのだなどと噂も立って今日の如く果敢な挑戦者が伊作の前に立ち、そして敗れる。
そして性質の悪いことに伊作は自分に告白してくる人間に何か必ず我侭を口にするのだった。
今回はたまたま昼休みということもあり昼飯が要求されたようだったのだが、伊作の我侭とは時に荒唐無稽で10分間の休み時間のたびに隣の棟のクラスの人間を呼びつけて愛を誓わせてみたり、シンプルに物を貢がせたり…と言っても到底普通の学生には払えないような高価なものを貢がせたりするのだが、まぁ兎に角感じはよくなかった。品物のチョイスも変だし、特にどっかの女子生徒に貢物として骨格標本を買わせたときは正直ドン引きだったわけだが。
「なんでお前はそうなんだろうな」
俺はもう何度呟いたか分からない疑問を伊作に投げかけた。
伊作は大体毎回同じ答えを返す。
「だって僕海よりも深く、山よりも高く愛されたことがあるから並大抵のちやほやされ方じゃちっとも満たされないよ」
と、こんな内容である。
要するに伊作にはどうやら伊作を死ぬほど甘やかして愛した、そんな恋人が昔居たらしいが、幼馴染の伊作はそんな話をそれこそ小学校の頃からしていたので一体何時の話をしているんだと俺は毎度思う。
伊作が言うことにはその恋人は伊作の倍以上も年の離れた男で、伊作にベタ惚れでそれはもう伊作を愛して止まず山を越えては伊作に会いに来て、君が好きだよとか言うらしいのだ。男は酷い怪我を負っていて見た目は木乃伊男みたいならしい。もう意味が分からない。伊作は時折おかしなことを言う。
「ああ、そうだったな」
俺は伊作の全てをまともに受け取らないという習慣がすっかり身についているので、そう言って煙を吐き出した。煙は春の空に紛れて見えなくなっていく。全く何もかもつつが無く本日も伊作の頭のネジは絶好調に緩いようで何よりである。
まぁ、しかし。俺は考える。
伊作の言うことはまともに取り合わないに限るのだが、しかし万が一、伊作をここまでのさばらせる愛で方をしたらしい男が実在するなら是非一発殴らせて頂きたい。
実在するならの話だが。
そんな人間の存在をまるで信用していない俺の心中を察してか伊作は憮然とした顔をした。
「ああ、昔は留も僕を取り合って流血沙汰の争いを繰り広げてくれたのに」
伊作は遠い目で昼の空に浮かぶ青白い月なんか見上げていたりする。俺にしてみれば全く身に覚えの無い話だ。
「いつの話だよ」
伊作が振り返って目を細めた。心底懐かしそうに。
「大昔の話さ」
王道お題「前世の記憶」
下の話とタイトルを対にしてみました。は組は本当なんか…アレですね。痛いです。
かぐ夜姫のイメージより
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