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1、主人と従者 文仙




 良家に生まれた仙蔵は、凡その一般的な勉学の才に加え幼い頃から人目を引く容姿をしていた。ひとつ難を言えば生まれながらに両の目の見えないのが仙蔵の唯一思い通りにならぬ点である。
 仙蔵には日々の世話を全て賄う文次郎という付き人が居て、これが家の者も手を焼く仙蔵の我侭を一々聞いてやったり、諭したり、とにかく辛抱強い男だった。
 それで仙蔵はますます増長して、口に合わないと言っては飯を投げつけたり、何が気に入らなくてか用意してやった着物をぐじゃぐじゃにしたり、なにかと我侭に振舞っていた。そして文次郎が一時でも自分の側に居なければ嵐のように怒り狂い機嫌が悪いのであった。

  仙蔵は心に毒のある人間だった。生まれながらに目が見えないという引け目がそう育てたのかもしれない。
仙蔵は己の容姿の美しいのをよく心得ている。
表を歩く時、仙蔵は決まって目の見えぬ自分の手を文次郎に引かせて歩いていたがその美しさと頼りなげな様子に多くの男が懸想した。そして言い寄ってきた男に仙蔵はその美しい髪に刺したかんざしを外して差し出し、「私の為に目を潰せるなら話を聞きましょう」と冷たくせせら笑うのだった。


さて仙蔵が齢十五になった冬のあるとき、普段人が近づかない仙蔵の身の回りがやかましくなった。家のいたるところに挨拶もしない無礼な輩が入ってきては何か運び出しているらしい。

「文次郎」

そのとき仙蔵は布団の中に臥していたので殊更周りの様子が分からずそっと文次郎を呼んだ。
その日は昼から文次郎の姿が無くて、仙蔵は当然機嫌が悪く、しかしその不機嫌をぶつける相手も居ないため不貞寝をしてその帰りを待っていた。

「文次郎、居ないのか?」


仙蔵が声を強くすると襖の向こうでざわついていた空気がぴたりと一瞬止まり、流れるように数人の気配が仙蔵に向かってくるのが分かった。「この馬鹿たれが!!」どたどたと乱暴な足音に混ざってそう鋭く叫んだ文次郎の怒声に不穏を感じて仙蔵は慄いた。

咄嗟に立ち上がって向かってくる気配から逃げようと立ち上がった仙蔵の腕を見知らぬ太い手が掴んで引き倒した。

「見ろよ上玉だ!」

聞き覚えの無い野太い声がそう叫んで、それに呼応して遅れて集まってきた人垣が下卑た笑い声をあげ、どよめく。既に腰が抜けて立てない仙蔵の身体を床に押さえつけるよう幾つもの腕が降ってきて着物の袷に指が掛かったときだった。

「ぎゃっ」

獣のような短い叫びが仙蔵の頭の上で聞こえた。ごとん、と重たい音がして、生臭い雨が仙蔵の顔を濡らした。仙蔵は見えない目を瞬いた。

「文次郎」

思わず呼ぶと今度はすぐ近くではい、と答える声があって仙蔵はほっと力を抜いた。獣の叫びを上げたものを確かめようと手を伸ばすと、その指の先にあったものを文次郎は足で蹴り転がして遠くへやってしまった。ごろん、びちゃん、と音がする。
人垣は怒りと動揺の入り混じって恐ろしい唸り声を上げている。「何故」「裏切るのか」「馬鹿な男だ」「退け」「退かぬ」混ざり合って聞き取れない応酬が頭上で始まってまたごとん、びちゃん、が聞こえた。
 辺りがしん、と静まり返る。

「蜂が」

唐突に文次郎が言ったので仙蔵は首を傾げた。

「蜂が居ますので追い出してきます。刺されるといけませんから布団を被っていてください」

言葉とは裏腹に敬意を感じない乱暴な仕草で布団が仙蔵の頭上に投げかけられると、ごとん、びちゃん、は聞こえなくなった。








「父は」
「病で死んだ」
「母は」
「病で死んだ」

「家は」
「借金の肩に取られた」

次に目を開いた時、仙蔵は傍らに居た文次郎に尋ねた。ここは、家族は、屋敷はどうなったと。
文次郎の答えはこうである。仙蔵の両親が病で死んで、業突張りの親族が後に残ったのが目の見えぬ子供であるのを良いことに金目の物を粗方奪っていった、仙蔵は人買いに差し出されるところだった、
 当然のようにそれは嘘である。屋敷は賊に押し入られ両の親もそこで殺されたのだった。

 嘘といえば文次郎はそもそも賊の一人である。
仲間を屋敷へ入れる手引きをする為に親も手を焼く仙蔵の我侭に仕え続けたのである。寸での所で仲間を裏切った訳は文次郎もまた仙蔵に懸想する数多の男のうちの一人だったからに過ぎない。

「お前の目は」

 最後に仙蔵が文次郎の顔に手を差し伸べて尋ねた。とうに嘘を見抜いている仙蔵の差し伸べた手は僅かに震えている。
文次郎の両目には包帯がぐるりと巻かれていた。

「何を今更」

文次郎は笑った。

「あなたは自分の為に目を潰せる男としか付き合わないのではありませんか」




王道お題1「主人と従者」

※ハッピーエンドです。
輪姦寸前で男が助けに現れて敵をバッタバッタとか…我ながらダセェなあ、都合良いなあ、失明しろ、と思いながら書きました。あと敬語の文次郎キモイ。きもんじ。ぎゃふん。
 
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