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「迷子紐」/※(文仙) シリアスで狂い気味の話。死にネタ。


▼迷子紐



 どうにも物を無くして困る。
それは気に入りの本だったり櫛だったり髪紐だったりするのだが、大事な筈なのに仙蔵はそれらを良く無くしてしまうのだった。仙蔵は人にでも物にでも素っ気無いような振りをするのが癖であるから、それで大事な物も容易く無くすのだった。困ったものだ。どうしたものだろうか。

「紐でも括っとけばいいだろう。」

と、以前背中で面倒くさそうに答えた文次郎という男の言葉を仙蔵は思い出した。そのとき仙蔵は笑ったのだが今こそそのとおりにするべきかも知れない。紐で括って持って歩くなどと物欲丸出しで見っとも無いと仙蔵は思いはしたが、けれど大事なものなのだ。無くしてしまっては困る。


「さてどうだ、文次郎」

仙蔵は赤地に金の糸の入った綺麗な帯紐を持ってきて文次郎に結わえた。この文次郎は既に死体なので答えない。

「似合わんなぁ」

仙蔵は文次郎の首に括りつけた紐を二度三度引っ張って溜息を吐く。文次郎の首がこくこくと頷いた。

「全く私は何故無くしてしまうのだろうな。文次郎。あの本も櫛も髪紐も本当に大好きだったんだ。悲しいな、文次郎。大好きだったんだ。」

だがしかし、もう無くしはしないぞ。
仙蔵は紐の端をくるくると自分の細い手首に巻きつけて微笑んだ。幾度か乱暴に引いてみると文次郎の頭はごつごつと地面を殴ったが紐が外れてしまうことはないようである。
仙蔵は立ち上がりその辺をうろうろと歩いてみた。
文次郎の身体は重たかったが、ずるずると仙蔵の後ろを付いて来るから仙蔵は嬉しかった。

「嗚呼、なんだ。お前もたまには役に立つことを言う。」

仙蔵は花が開くようにぱぁっと笑って文次郎の身体をぎゅうっと抱きしめてやった。固くてごわごわした手触りの頭をよしよしと撫でてやった。それから紐を引いて嬉しそうに歩き始めた。赤い薄い唇からは時々うふふ、と満足気な笑みが零れてしまう。


「文次郎、これから私は物を大切にしような。あんまり無造作にしすぎてお前に怒られたな。五月蝿がって悪かった。最初から気をつけていればお前に貰った櫛も無くさないで済んだのに。すまないな、本当に大事にしていたつもりだったんだ。ほら、贅沢を嫌うお前が櫛なんか買うから嬉しくて嬉しくて。おかしいな、何で無くなったのだろうな。なぁ、文次郎。」


 自分のあとにぴたりと文次郎が付いてくると信じて仙蔵はすっかり上機嫌に文次郎に語り続けながら歩いたのである。しばらくそのように過ごしてある日ふと、仙蔵は気が付いたときには遅かった。

「おや、文次郎。お前いつのまに無くなったんだ!」

ずるずると引きずられて擦り切れて文次郎はとても小さくなって紐の端に僅かばかりくっついているのみになってしまったのである。仙蔵は驚いて紐を手繰って小さくなった文次郎を手のひらに乗せてすっかり慌てている。

「おかしいな、何故こうも無くすのだろうな私は。」


仙蔵は小さな文次郎もなくしてしまっては大変と口の中に放り込んで租借した。がり、と土を噛んで嚥下した後、仙蔵は白い手で顔を覆ってはらはら涙を流すのだ。

「おや、全部なくなってしまった」
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