▼座敷の向こう
※年齢操作あり パラレル?
がたん、と音を立てて襖を薙ぎ倒しながら子供が転がってきた。
鞠のように弾んだ小さな身体はゆっくり二転三転として廊下を歩いていた諸泉の足元で止まった。子供は仰向けに止まったので諸泉はそれと正面から目を合わせた。子供は片目が無いようで頭に巻かれた包帯の隙間からぱちりと目を見開いて諸泉の顔を仰いでいた。
人だろうか。諸泉がそう思ったのは子供が傷だらけの見るも無残な風体をしていたからではなく、襖の奥から呼ばう声にひょいと起き上がり中に戻り、また暫くするうちに鈍い音と共に廊下に転がり捨てられ、また呼ばれて戻って…というのを無表情にからくり人形のように繰り返し続けていたからである。
それを諸泉は襖の脇の死角に立って暫く眺めていた。何故黙ってみているかと言えば襖の奥の部屋がこの城の主の寝所であるからだ。諸泉は一介の勤め人であるので城主の身辺で何を見ようと口を開くのは正しくなかった。
やがて何回目になるのか、子供が床を転がってきた時、部屋の主が「下がれ」と言うのが聞こえた。
子供は酒でも浴びせられたらしい頭からびっしょり濡れて甘い匂いがしていた。子供がひょこりと起き上がって歩き出そうとするのを諸泉は拾い上げて肩に背負った。
見てしまった以上あんまり放って置くのも気の毒なようだ。身体を洗って手当てのひとつ位は出来るだろう。諸泉は本殿を離れて雑兵どもの押し込められている狭い生活空間へと足を向けた。子供はきょとんとしたように暫く黙って諸泉に担がれていた。
「なんだいお前」
やがて、担がれながら子供は聞いた。散々ばら床を転がされておいて声一つ上げないものだから口が利けないのかと思っていた諸泉は少し意外そうな顔をした。
「お前こそなんだ」
碌な身上じゃないのを承知に肩の上の小さな身体にそう聞き返すと、子供は眉根を寄せて「難しいね」と答えた。どうにも子供らしくない話し方をする子供だった。
「城の奥に座敷牢があるだろう。」
子供は言った。当然のように言われたそんな部屋の存在を諸泉は知らなかった。軽く肩を竦めた諸泉の様子を見て子供は言い方を変えた。
「では、隠し部屋や隠し財産の噂なんかは?」
「…ああ、それなら」
それは諸泉にも聞き覚えがある。
諸泉が城にやってきたときから小姓や女中連中の間に浸透していた噂。城の奥には隠し部屋のようなものがあってそこには城主が一番見られたくないものがあるのだとまことしやかに囁かれている。
その噂の実際が座敷牢なのだと子供が言う。隠されているのは財宝などでもない。
「本当はね座敷牢にひとり、攫われてきた出生の卑しい哀れな女が囲われていただけの話さ。私はね、アレがその女に孕ませた子供なんだよ」
「ということはアンタ若様じゃないですか」
諸泉が突然に敬語になったのはこの城に長らく跡取りが生まれていないためである。出自がどうあれ一国一城の主の血を引いた男子ということで諸泉は肩の荷物を丁寧に担ぎなおした。諸泉は子供の酒臭い身体を取り合えず使用人その他用の共同入浴場に放り込む気でいたのだがそれも恐れ多いようである。
しかし子供はくつくつと笑っている。
「自分の子供と思っていたら性交などしないさ」
ぎょっとした様な諸泉の反応に子供は気後れした風も無い。
いやなに、お前も見てただろう。ここの主は良くない気性で酷い乱暴をするものだから母はとうとう嬲り殺しにされてしまって、遊ぶ玩具欲しさに次はその子の私を抱くのだろうね。子供はそんな風に説明した。
「こんな風体だが私は物言いと仕草が母に似てるようだね」
それで代わりになるのさ。
成る程、始終気に掛かっていた子供の妙なしゃべり方は言われてみれば擦れた商売女の話し方を髣髴とさせた。
諸泉は黙って子供を風呂に連れて行って身体を清めてやってあちらこちらの傷口に包帯を巻いてやった。あまりにあちら此方に巻いたので子供はすっかり木乃伊男の体になってしまった。
さて、身体を洗ったら自分で座敷へ帰って居なければならないのだと子供は言った。
「座敷に送ってくれるだろう」
城の、噂の隠し部屋が何処にあるのか興味があった諸泉は頷いた。子供は少し考える素振りを見せた後、何事か諸泉に耳打ちした。
良いことを教えてあげよう。座敷牢はね、ここの主の寝所に繋がっているんだよ。
子供がその情報を良い事と告げる意図を測りかねて諸泉は眉根を寄せた。
「だってお前一介の使用人が主の寝所の周りをこそこそと、」
お前は他所の忍びだね。
にやりと子供は唇の端を上げてみせた。図星である諸泉は目を丸くして子供を見返すばかりである。
「暗殺でも何でも私が手引いてやるから、私の寝所にお通いよ。そうしてあれを殺したら私を外の世界へ出しておくれ。」
それこそ商売女の物言いだ。諸泉は子供の頭を緩く撫でて必ずそうしようと約束した。
まさかの殿×雑渡(10才)笑
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