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白痴1 (部下雑 現パロ。白痴雑渡さんがフリーター諸泉に世話される話)



▼白痴



1、日曜日、公園にて




私、タソガレドキで忍者の組頭やってたんだけどね。
と、男は言った。去年高校を出たばかりの俺よりは一回りか、もう少し上だろうといった様子の大のおとながである。俺は、はぁ、と曖昧に濁して相槌を打つこと位しかできない。ぬるくなった缶ビールに口をつける。動転していた。桜が咲いている。
この妙な男と会ったのはほんの三十分程前のことである。

都内某所。1K風呂付きの狭いアパートが俺の住処だ。そこから最寄りのコンビニを繋ぐ道の途中に公園がある。天気の良い日曜の午後だった。それなのにその日公園には猫の子一匹居やしなくて、かわりに妙な男がひとり塀の上に座っていた。目が合う。

「ああ、お前。」

声を掛けられて俺はビール缶ふたつにその他昼飯やら諸々の入ったコンビニの袋をごとんと落とした。それというのも俺には男が幽霊かなんかに見えたのだ。男は顔に、手足にぐるぐると包帯を巻いていて、唯一素顔のようなものが覗いてるのは右目とそのほんの周辺のみである。服は、何処だかの病院の入院服らしきものを着ている。
それが、公園を囲むブロック塀の上にちょこん、と膝を揃えて座っているのだ。ああ、なるほどどうりで人の居ないわけである。限りなく不気味なものを見てしまった。

ところで、その幽霊みたいな男は、俺を見て、呼ぶのである。

「お前、そんなもんじゃないか」

最初、俺は、何を言われたものかさっぱり分からなかった。ぽかんとしていると、そのうち男が寄ってきて、俺は逃げ遅れたと思ったわけなんだが、諸泉尊奈門、そういう風に呼ぶのでそれが人の名前らしいとようやく気付いた。もちろん、これまでの人生でそんな妙ちくりんな名前を聞いたのはこれが初めてだ。

「人違いだと思いますけど」

俺は、結局、そう言って取り落としたビニール袋を拾った。地面に落ちた衝撃で、ビール缶のプルタブが薄く開いている。シュワシュワと弾ける気泡交じりの液体が缶の口に滲んでいるのを眺めながら、ああもうこれはここで飲んでしまおうかと考えていると、男はさらに口を開いた。
ねえ。

「お前、私のこと知らない?私、タソガレドキで忍者の組頭やってたんだけど。」


それにしても桜がよく咲いている。俺は現実逃避のように、蓋の開いてしまったビールを煽る。折しもちょうどそのとき市役所のアナウンスが、近くの病院で入院患者が行方不明なんて連絡をスピーカーから流していたから俺はひとりで納得した。あそこは内科も外科も、ついでに精神科も内包しているでかい総合病院だ。

「あの、多分このアナウンス、アンタのことじゃないですかね」

さて男が病院から抜け出して、あるいは迷い出てきたのだとしてどれ位自覚があるものか疑わしいものだと思っていたのだが、男は、嫌そうに眉を顰めて頷いた。それから不意に俺の服の裾を掴む。俺はポケットから携帯を出しかけながらこのあと警察に連絡すればいいのか、病院に連絡すればいいのかと迷っていたところだったから、ぎくりとした。
男の包帯だらけの顔がぐっと近づく。
挙動はえらく不気味だが、間近に見る男の顔は通った鼻筋に猫の様な大きな目をしていて、案外包帯の下は整っているんじゃないかとさえ勘繰った。
その男が口を開く。ねえ。

「だけど、本当に私は、忍びなんだよ。」

哀れっぽい。そう思わせる声音で男が俺の服の裾を握りしめて俺は居た堪れない気分になった。どうも眼の前の男に、そんな姿を取らせてはいけないような気がする。自分よりいくつも年上の男に、子供の様に裾に縋られたら誰でもそう思うのかもしれない。

「お前、私の部下でしょ」

男は言った。成程、尊奈門っていうのはこの男の部下という設定らしいとこのとき初めて知る。俺はらしくもなく同情していて、そんな義理もないのに男が自分の、まあなんだか知らないが部下だと思っているらしい人間に突き放されたらどういう風に思うかなんて考えていた。
道のスピーカーから2回目の、市役所からのお知らせです、のアナウンスが流れた。
感傷的なのは酒を飲んだせいか。そして、とうとう心許ない顔を見るうちに言ってしまったのだ。

「ああ、そうだ!思い出した。アンタ俺の組頭じゃないですか!」

そう俺が言った時の男の嬉しそうな顔が案外可愛く見えたもんで、俺は、ちくしょう酔ってんなと思った。とりあえず俺の狭い1K風呂付アパートには今、組頭が住んでいて俺はそんなもんと呼ばれている。

 




  

10/3/24
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