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風の噂(庄左ヱ門と鉢屋)/三郎の素顔やら噂やら


▼風の噂



 断末魔の様な、獣の鳴き声の様な、そんな悲鳴がある日学園に響いたのである。声を聞いてすぐ駆けつけた者があとから来た者にあれは鉢屋三郎の鳴き声だったのだと教えた。
だんだんと集まる人だかりの真ん中には鉢屋ともうひとり学園の生徒が居てどちらも半狂乱だった。鉢屋は人だかりに背を向け顔を覆い見られた、見られた、と喚いている。一方もうひとりの生徒はというと鉢屋に締め潰された喉を、鉢屋に叩き折られた手の指で持って抑えて泣いていた。

これはその場に居た者の推測なのだけれど、どうやら鉢屋三郎はとうとう人に素顔を見られたらしい。変装の天才、鉢屋三郎の素顔というのはまだ誰もみたことがない。誰も彼もが如何にしてその素顔に辿り付いたものか、その顔とはどんなものだったのか知りたがったのだが、唯一の目撃者は喉を潰され口が利けないし指を折られて絵も書けないのだった。

「見たな見たな畜生殺してやる!!」

鉢屋三郎はぐるぐると獣のように唸っている。もうすっかり乱心者だ。上級生やら教師やらに取り押さえられて、尚も暴れて仕様の無い。
結局、宿舎から離れた場所に落ち着くまで軟禁という対策が取られたのだ。なぜなら鉢屋の顔を見た生徒の安否が危ぶまれたからである。

ところがそんな用心もむなしく、素顔の目撃者はその晩から忽然と姿を消してしまった。自ら姿をくらませたものかそれともその身になにか起こったか。ひとつ不思議といえば離れに軟禁されながらもずっと獣のように唸っていた筈の鉢屋三郎が、知らせを受ける直前にはすっかり落ち着きを取り戻して、機嫌よく口笛まで吹いていたことである。
そういうわけで鉢屋の顔をみた者はこの学園にひとりとしていない。



と、鉢屋三郎は語り終えた。綺麗に背筋を伸ばして傾聴していた庄左ヱ門ははぁそうですか、と頷く。

「以上のほら話を僕は級友に吹聴すればいいんでしょうか」
「…ほらと断言するか。」

三郎はひょいっと器用に片眉を上げて庄左ヱ門を見下ろした。

「お前にそんな嘘を吐いてなんになる。」

 すると庄左ヱ門は利発そうな顔をして、察するに、と言葉を続けるのだ。

「うちの一年は組は好奇心旺盛で無茶な者が多いので、今の話を僕が皆にすることで三郎先輩の素顔に興味を持つと命に関わると思い込ませる意図があるのではないかと思いますが。噂を流して人心を操る、これを忍法風の術と言います。」
「…よしよし、相変わらず可愛くないな。」

眠たそうな目で頷く三郎の言葉は、実のところ聡いことを褒めているので庄左ヱ門はにっこりした。
ところで、

「しかし、獣の様に唸る、というのは信憑性に欠けますね。迫力を出そうとしているのかもしれませんが、先輩はそれで根は上品ですからリアリティがない。そうですね…僕なら、先輩は顔を覆ってはらはらと泣いていた、と語るところです。」

庄左ヱ門は三郎を虚仮にしているわけでもなく至って真面目にそう言っているらしいので三郎は聞いてぽかんとした。その隙に庄左ヱ門はすく、と立ち上がる。

「では先輩の素顔を守るため、その様に吹聴して参ります。」
「待て待てこらこら、その様にとはどのつもりだお前……私は不名誉なのはごめんだぞ庄左ヱ門!」

聞こえぬ振りで庄左ヱ門は足取り軽く廊下に出て、大きく声を張り上げた。

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