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嘘の吐けない人/危なっかしい仙蔵 文仙


▼嘘の吐けない人




 全く血も涙もない男だ、と文次郎は仙蔵に言ったのである。
 喧嘩というほど剣呑でなくじゃれ合いと言うには可愛げのない加減でふたりは言い争っていたところである。文次郎相手にしても他の人間に対してもそうだが仙蔵の理不尽な物言いや態度やその他をひっくりめて先の台詞を文次郎は言ったのである。仙蔵は如何にも薄情な感じがするという、その程度の話でそこに深い意味は無い。

仙蔵は眉を顰めるか鼻で笑うかすると思えば、しかしそこできょとんとした顔をした。

「そうなのか」
「ああ、そうだ」


 文次郎は肯定しておきながら酷く違和感を覚えて戸惑った。そうなのか、と聞き返してくる仙蔵というのはあまり予想していない反応であった。それっきり会話が続かなくなったので文次郎はこれで話は終わりとばかりに仙蔵に背を向けて文机の上に置きっぱなしだった本など広げて読み始める。
 しかしどうにも落ち着かない。
背中の気配はしん、としている。気を悪くしただろうか。まさか仙蔵はそんな繊細な神経はしていない。大体普段から、もっと耳障りの良くない言葉を互いに吐き合っている。けれどこの日ばかりは文次郎は先のやり取りと仙蔵の様子が気になって仕方がなかった。広げた本も殆どまともに読んでいない。

 そうなのか。と仙蔵は聞き返したが、実際どうだろうか。仙蔵は恐ろしく優秀で、その分必死で這いずるように努力している人間のことなんかは理解できない様なところがあったりするのだが、思いやりが無いわけではない。案外情に厚いところもあるし、これで人懐っこいところもあって気心の知れた友人と居るときは良く笑うし、悪ふざけで横暴に振舞うこともあるが基本的に人に危害を加えるわけでもない。
多分、良い奴だ。文次郎は思ったので今更ながら仙蔵の問いに答えなおした。


「すまん、嘘だ」
「そうなのか」


 先と変わらない口調で返事が来て、気がかりが解消した文次郎はやっとまともに手にした書物の文字を追い始めた。
ところで文次郎がいっさい振り返らなかった後ろでは仙蔵が自分の手首に当てていた刃物をそうっと下ろすところであった。自分には血が流れていないのだろうかと確かめようとした寸前である。


「それはよかった」


仙蔵は言った。



「お前は嘘を吐かん男だ」


文次郎はその信頼の所為で危うく級友一人殺すところだったことなど知らない。
 


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