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「A Clash」/献身的な仙蔵 文仙


▼「A Clach」

 

  がちゃあん、と物の壊れる酷い音がした。

先程まで大人しく文次郎と向かい合っていた仙蔵が突然湯飲みを壁に向かって投げつけたのである。

その僅か前に仙蔵はこの身をくれてやろうと文次郎に言った。
身だけではなくあるだけ全てくれてやろうと言った。

そんなことを今更言わなくとも二人は既になんども身体を交えた仲である。

だからそれは一夜を許すと言ったものでなく、心中立てを誓う言葉である。

文次郎はそれを要らんと言った。
忍びとして生きる身には財産は己の身ひとつで十分と言った。
だからお前は俺に差し出した身を明日は他の誰に差し出しても構わないのだと言った。

仙蔵はそうか分かったと言った。気を害した風でもない。

だから文次郎は仙蔵が湯飲みを壁に叩きつけたことに驚いた。

がちゃん、がちゃん、ぼきん、

文次郎が驚いているうちに仙蔵はゆっくりと立ち上がって自分の荷物を引っ張り出しては放り投げ壊し始めた。

ばきん、

仙蔵が文机まで踏みつけ折ってしまったので文次郎は目を見張った。

「待て、やめろ」

文次郎が声をかけると仙蔵は放り投げる寸前の鏡やら櫛やらを持ったまま振り向いて、いるか?と手に持ったものをこちらに見せた。

「いらん、」

戸惑う文次郎がそう言った途端鏡も櫛も壁に叩きつけられて砕けた。

呆気に取られている文次郎の前で持ち物全て壊してしまった仙蔵は少し息を乱して邪魔そうに髪をかき上げた。

「そうか、これも要らんな」

仙蔵はそう呟いて高く束ねた髪に指をかけて剃刀を拾ったので文次郎は仙蔵の手指を慌てて捉えた。

「やめろ馬鹿たれ!」

文次郎が怒鳴り付けると仙蔵はゆっくり文次郎を見上げた。

「お前が要らんようなものなら私だって要らない」

そう口にした仙蔵はだからといって怒っているわけでもなさそうな顔をしている。なんと分かりにくい人間か。
文次郎は注意深く仙蔵を捉えたまま、分かった分かったと繰り返した。

「分かった、よこせ」

文次郎がそう言うと仙蔵はじっと文次郎を見て、何を?と問うた。

「全部だ。在るだけ貰ってやるから、粗末にすんじゃねぇよ」

すると仙蔵は剃刀をぽい、と捨てて文次郎の背中に腕を回し、男の全部を手に入れてやったという顔で微笑んだ。

「ではお前に全てくれてやる」

しかしそれは全て私のものだと文次郎には聞こえるのだった。


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