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胸の内3


▼胸の内

2「私」(或る世界より)



 四角い部屋の中で三郎は育った。日に数度、白い服を着た大人が身体の調子を訊ね、食事が差し入れられる外に他人と関わることなどまるで無かった。ここが何処なのか、自分がどういった人間であるのか三郎は全て知っていた。
そこで、自分と同じ顔をした雷蔵という少年と四角い部屋の中で顔を合わせたとき彼はとても恐れた。


 雷蔵は身体に病を抱えていた。年を負うごとにつれ、臓物の腐る病である。真っ当に生きながらえようと思うなら腐った腸と新鮮なそれとを入れ替えてしまわなければならなかった。三郎はその入れ替えられるべき新鮮な内臓であった。
正確に言うならば、雷蔵が恐ろしい手術に耐えうる年齢に育つまで取り替えるべき腸をその腹の中に腐らせず保管しておくための袋であった。

 ガラス容器の中に取り出された雷蔵の母親の卵子と雷蔵の父親の精子から、雷蔵と全くそっくりになるように作られた三郎は獣の胎盤から20日で生れ落ちて、人の形に育った。
三郎は姿形もそっくりなら、腹の中の内臓ひとつひとつまで雷蔵とそっくりであった。腹の中身をそっくり移してしまうその日がくるまで腹の中身ごとそっくりで居続けるよう、三郎は雷蔵と全く同じものを食べ同じ様な暮らしをしたのである。雷蔵の四角い部屋と隣り合わせの四角い部屋の中でのことだ。


 三郎は雷蔵という少年が心底憎かった。
生まれながらに三郎の全ては雷蔵が持ち去ることが決まっているのである。流れる血の一滴すら三郎の持ち物などないのである。雷蔵というのはどんなに鬼の様に醜く恐ろしい生き物であろうか。

 さて、雷蔵と三郎が12になった時、三郎は雷蔵の部屋に移された。雷蔵が話し相手を欲した為である。欲しがれば与えられる雷蔵を三郎は酷く嫉妬したが、そんなことはおくびにも出さずに雷蔵の前に立った。

三郎にはある考えがあった。
 雷蔵と姿形、内臓のひとつだってそっくりなこの身を利用して雷蔵と入れ替わってしまうことは出来ないだろうかと。雷蔵を殺してしまって自分が雷蔵になって、こんな家畜の腹から生まれた男は要らないと雷蔵の死体を捨てさせてしまってはどうだろうか。どうもそれ以外に己の生き残る道など無いように思える。三郎は密かな殺意を持って雷蔵の前に立った。
雷蔵は、三郎の想像とは似ても似つかない懐っこい笑みを浮かべる少年で三郎の手を嬉しそうに握った。



 その日から三郎はいつか自分と雷蔵が入れ替わってしまっても誰も気づかないように、雷蔵の全てを観察し、真似し始めるのである。

それは非常に上手くいったかのように見えた。数週間のうちに自分と雷蔵を外見で見分けることは大抵の人間には不可能になった。
 けれど全て子供の浅知恵通りに上手くいく筈もなく、見分けが付かないならと大人の持ち出した案は三郎を愕然とさせた。目印代わりに三郎の指を切ってしまえという。そもそも腹の中身以外、三郎に用のあるところなどないのだった。
三郎は絶望した。自分は雷蔵と取って代われない。雷蔵の為に用意された予備の肉塊にすぎないのだ。

「三郎」

名前が呼ばれた。三郎を産み落とした家畜が三郎の他に2匹の畜生を産み落としたためにつけられた名前。そんなことにも改めて絶望した。三郎は返事が出来なかった。

「はい」

そこで予想外のことが起こった。雷蔵が三郎の代わりに答えて指をちょん切られてしまったのである。
 三郎の身体の一片たりとも残さず搾取する側の雷蔵が三郎のために小指を差し出したのである。全く持って本末転倒の馬鹿げた行為だった。

しかしそれこそ、致命的に三郎の殺意を狂わすもとであったのだ。


三郎は雷蔵に恋したのである。










やがて三郎は雷蔵と身体を繋いだ。
どんなに慎重に抱いても雷蔵の傷んだ身体は悲鳴を上げるようだった。苦しげな雷蔵の様子に初めて三郎は雷蔵の身の上が決して恵まれたものでないことを理解したのである。

「やめよう、苦しそうだ」

雷蔵がぼろぼろと涙を零して身を捩るので三郎は耐え切れずそう言った。呼吸も侭ならずに泣き声を上げながら身体を揺さぶられる様は卑猥だが痛々しい。雷蔵は首を振って無理に笑って見せた。ひゅう、と喉が木枯らしの様に鳴った。


「大丈夫、…気持ち良い」

絶え絶えの甘い掠れた声。
ぞくり、と三郎の胸に欲情が湧き上がる。と、同時に深い憐憫も消せない。

 愛しい雷蔵。生まれながらに身体の腐る身の上の可哀想な雷蔵。この少年をどうにか救ってやりたいと三郎は思った。そしてそれが三郎には出来るのである。誰にも出来ないことが三郎にだけは出来るのである。自分の腹の中のものを一片も残さず雷蔵に渡すことで。三郎は嬉しくなって雷蔵の身体を抱きしめた。その手のひらで愛しい全身を撫で下ろした。吐息と一緒に雷蔵は可愛く喘いで身を捩った。
 三郎は赤くなっている雷蔵の耳に唇を寄せた。

嗚呼、なんと誇らしくこの言葉を彼に告げることが出来ることか。


「私は雷蔵のものになる為に生まれてきたんだよ」


全て何も知らない雷蔵はその言葉と胡散臭い愛の告白との差も知らずに頬を火照らせ笑った。






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