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胸の内4


▼胸の内

3、「人の親」(或る世界より)



 まず肺や腎臓、遣っても困らぬものから、移植は行われた。
白い湯飲みに神経を奪う薬が溶けていて、それを飲み干して眠ると雷蔵の腹には新しい臓器がきちんと収まっていて初めから其処で働いてたかのように雷蔵の身体に馴染んでいた。

はじめ雷蔵には移植という概念は正確に分かっていなかった。
そこで次の手術で最後だと言われたとき、雷蔵は喜んだ。なんの心配もかけることなく三郎と肌を触れることが出来るのを真っ先に思い浮かべた。けれど次の言葉の違和感に雷蔵はついに気づいてしまった。

あと残っているものを全部移してしまうからね。


「残っている?」


何処に。
雷蔵の問いかけに返ってきた答えはそれはそれは恐ろしいものだった。







「お帰り雷蔵」

 手術部屋から返されてきた雷蔵を三郎は向かえた。腹を開いて中身を取り出して閉めて、雷蔵の手術より先に三郎の方は用がなくなるのでいつも先に部屋に返されている。なので雷蔵は自分の手術の間、三郎はずっと部屋で待っているのだと思っていた。
 雷蔵は足音も荒々しく三郎に歩み寄ると三郎の着物を捲った。三郎の腹には雷蔵と同じ様な開いて縫い合わされた傷がある。

嗚呼、恐ろしい。

 雷蔵の顔に浮かんだ悲痛な色に三郎は雷蔵が何を知ったのかを悟った。なにか言葉を口にする前に劈くような悲鳴が三郎の耳を刺した。雷蔵の絶叫だった。
 雷蔵は長々と悲鳴を上げ頭を掻き毟り、思いつく限りの悪態で持って自分を呪った。

「嗚呼、知らなかった。何故知らなかったんだ。お前をお前の腹を裂いて中の物を貰ってまで僕は知りたくなかった嗚呼三郎許してくれ許してくれ」

 三郎は雷蔵の激しい動揺に圧倒されて口を利けずに居る。

雷蔵は次に縫い合わされた腹から埋め込まれた三郎の腸を引きずり出そうとでもするように傷口に爪を立てた。やっと我に返った三郎が必死に止めなければ本当に腹の中身を引っ張り出してでも三郎に返そうとしただろう。
 雷蔵は酷く出血をして手術室に一度戻されて、針を通して血を注ぎ込まれた。それだって三郎のものが使われているのだ。

 部屋に返された雷蔵はまるで囚人か何かの様に袖と袖の繋がった服を着せられて手を動かせないようにされていたが、もう無闇と身体を掻き毟る気はなさそうだった。


「大丈夫だよ」


 三郎は言った。痛くないよ。雷蔵は激昂した。


「大丈夫なものか」


明日にはいよいよ心臓を新しくするのだと雷蔵は聞いていた。雷蔵は自分のおぞましさにどうにかなりそうだった。
三郎は手の自由に動かない雷蔵の身体を抱きしめて額から頬から瞼の上とあちこちに唇を落とした。雷蔵は眉を顰めてそれを拒んだ。三郎は困った顔をした。

「雷蔵、優しくしてくれよ」

明日私は死んでしまうのだから。
雷蔵の丸い眼からぼろりと涙が零れた。小指一つ失うのだってあんなに怯えた癖に。三郎は雷蔵の頭を掻き寄せて首筋に鼻先を埋めている。拘束服の下で雷蔵は三郎を何とかして抱き返そうと指を蠢かせた。




 朝が来る頃に雷蔵はすっかり落ち着いた様だった。
三郎はほっとしていた。これでようやく三郎の存在意義が丸ごと消化される日が来たのである。雷蔵はすっかり落ち着いたようで四角い部屋を出て真白い部屋のシーツの上に大人しくしている。雷蔵に拒まれなくて良かった。三郎は安堵していた。
 雷蔵の傍らには銀色の皿にいくつかの刃物が光っていて雷蔵はそれを興味有り気に見ていた。部屋には医者らしい男がひとり居て、いつも飯を運ぶ女が側に居るのはなにか手助けをするらしかった。

 雷蔵と三郎に湯飲みが渡される。
白いシーツの上で二人並んで薬の溶けた水を湯飲みから口へ運んだ。麻酔は強力だった。すぐに眠くなって三郎は最後に雷蔵の姿を目にして眠ろうと視線を横に向けた。
雷蔵はこちらを向いて笑った。何か口を開いてひとことふたこと、聞こえない、雷蔵は立ち上がって、雷蔵は眠くないのだろうか?
三郎は眠りに落ちた。



薬が切れて三郎が目を覚ました。
「さようなら、三郎」
雷蔵の最後の挨拶は壁に残っていた。赤い字で。

「なんてことをしたんだ」

三郎は呻いた。雷蔵の姿は無い。
雷蔵は知らないのだ。己の指を汚したのが誰の血であるかを。目を覚ました三郎の足元に転がっているのは、飯を運ぶ女と医者の男の死骸だった。外法のようなやり方でも助けたかった息子に喉を裂かれて死んだ男女だった。
雷蔵の父と母だった。三郎に精子と卵子を与えた男女だった。

雷蔵の置いた湯飲みにはまだ水が並々と注がれている。

三郎は己の胸を押さえた。心臓が脈打っている。これを遣らねば雷蔵は。
三郎はふらふらと外の世界へ出た。雷蔵を追いかけたのだ。三郎には渡さねばならないものがある。それは三郎の胸の内にある。

三郎は受け取ってもらえなかったものを抱えて、まださ迷っている。




5「エピローグ」


後味悪くパラレル終了。
プロローグの続きに戻ります。


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